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Shibayama

works

Produced in 2000

Identity in N.Y.

卓上出版のうち一部の文章の続き。

紙の出力見本から

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イーサン Interview Identity Transcription 

人生は、アイデンティティの形成と再形成の繰り返しだと思います。 私の撮る写真は、主題と私の間に発生するある種の特別なコミュニケーションです。 そこからは、撮る者と撮られる者の両方の表現が発せられています。 (リード) イーサン・レビタスは、アメリカ人として、日本の高校生と交わりながら、アイデンティティをテーマに作品を作る作家である。それを知ったのは、ニューヨークで読んだ日本の新聞の中でだった。 日本、ニューヨーク、アイデンティティと、『Identity in N.Y.』とリンクする彼の仕事のこと、日本でのこと、そして彼が考えるアイデンティティについて、うかがった。

●クレイジーで非人間的な日本とパーソナルで伝統的な日本と

——はじめに、日本の第一印象を教えて下さい。  

 最初に日本に来たのは、1993年に大学を卒業してすぐでした。第一印象は、私の住み慣れた世界とは全く違う世界に来たということでしょうか。もちろんそれ以外にもたくさんの印象はありました。というのは、最初に日本に来たときには、まず数日間東京に滞在した後、地方にも足を向けたからです。長野県にある小さな町でした。   

 ですから、私の日本の印象はいくつもの層に分かれているのです。日本が多くの顔を持つことに気付いた、と言ったほうがいいかもしれません。第一印象としては、日本はとても複雑なところだと感じました。外から理解しようとしても非常に難しいものだとということがわかりました。こういうことが私の第一印象です。  

  一週間のうちに都会と地方を訪れたことは、おそらく非常に異なる日本の2つの側面を見ることになりました。つまり、地方での個人的な生活や伝統的風景と、都市でのびっくりするようで、クレイジーで、非人間的な未来的風景です。日本に来たことのない人には、この両極端な世界が同じ瞬間に、同じ国で存在するとは、理解できないでしょうね。これは、日本が他の国と全く異なる一面だと思います。

——東京が非人間的とおっしゃったのはどういう意味ですか? 非人間的というのは適切ではないかもしれませんが、人と人が断絶されてるという意味です。

●日本の高校生たちとアイデンティティについて

——合衆国と比較して、日本の高校生の良いところ、悪いところは何でしょうか。  

 まず、わかっていただきたいのは、私はアメリカで教師をしているのではないということです。私はアメリカの高校で教えたことは一度もありませんから、本当の意味での比較はできないかもしれません。  それでも、仕事を通して、日本の学生たちと深く関わったことで、いくつかのことが言えるのではないかと思います。  

 まず、日本の若者は、過去、伝統といった流れと自分の存在のつながりを感じられないということで、非常にむずかしい状況におかれていると感じました。彼らの両親や祖父母は感じることがなかった、または気づくことのなかった社会/伝統からの疎外感を感じていると思います。  

 今、若者は自分たちのライフスタイルや未来を信じることで、自分自身の型を破ろうとしています。といっても、自分のしていることが正しいという確信があるわけではなく、自分の感覚を信じていいのかもわかっていないでしょう。彼らは今非常に弱い時期にあります。それでも、自分の人生をもっと良くするためにできる何かを探し求めているのだと思います。

——授業を通して、何を感じ、生徒たちと何を交換することができましたか? 何か変化はありましたか?  

 私が授業でやろうとしたことは、生徒にアイデンティティという非常につかみどころのないものについて理解してもらうことでした。私は自分で撮った写真を使いながら、それを理解してもらおうとしました。アイデンティティは、人々がどうお互いを結び付け、関連付けていくかというときに、とても重要だということを理解してもらいたかったのです。アイデンティティが、一般に言われるように、民族や国から受け継いだものだと考えるのをやめて、個人の信念や視点によるものだと考えてほしかったのです。

——では、生徒は会ったこともなく、表面的には何の共通性もない写真の人々と自分自身を見分け、自己を同一視できたのですか?  

 はい、何度も何度も比較させたのです。私は生徒たちに、まず表面的なレベルで比較をさせましたが、写真の中の人物が、彼らに表現しようとしていることを、自由に解釈してみるように、といいました。こういった解釈の方法は、見る者自身のものであり、見る者自身の感覚によって成り立ちます。ということは、写真の中の人物が表現していると思ったものは、生徒たち自身のアイデンティティ、存在意義なのです。

—— 変化が見られましたか?  

 始めのうちは、生徒たちはこの授業の中で、自分自身をどう表現したらよいのかわからないようでした。日本では、このような話題は公の場では論議されないようです——自分たちの意見を表現する余地がほとんどない——これはアイデンティティを理解するためには、本当に核心的なことだと思うのですが。自分自身の存在について考え、そして表現するという過程は、文化交流のなかだけでなく、自分自身を理解し、日本にいる他の人々を理解するためにも重要なことだと思います。  アメリカ人とは文化や民族が違い、どうして彼らと自分が関連するのかがわからないというように、写真を遠くから眺めるようだった生徒たちが、授業を進めていくうちに変わってきました。あらゆる非共通部分を見つけてしまうと、今度は彼らはまったく新しい関連性を見つけたのです。それは生徒自身が、自分の解釈によって創り出しはじめた関連性でした。 ——生徒たちは、アイデンティティは与えられたものではなく、彼ら自身が実際に創ることができるものだと考えるようになったということでしょうか?  

 アイデンティティは与えられるものではありません。アイデンティティとは何でしょうか。私は、意味と経験の源だと思います。フィルターのようなもので、それを通して私たちは、自身の考えや人生を理解し形作るのです。ひとりの人間のアイデンティティを形成するものは何でしょう、どうやってできるものなのでしょうか?  

 日本では、アイデンティティあるいは価値観とは、日本人の、そして日本文化のそれであると考えられていると言えるでしょう。「私は日本人です。それが私のアイデンティティです」と。しかしそれは、完全に正しいというものではなく、不安定な意見だと思います。たとえば、私はある生徒にそれが正しいかと問いましたら、彼はそうだと答えました。そこでその彼に、彼と彼のおじいさんは気持ちも信条もまったく同じ人間なのだろうか? と聞いてみました。すると彼は「なるほど、それは違うね」と答えました。 

 では、その違いは? 彼と彼のおじいさんは、民族も文化も母国も同じで、遺伝子や家族まで同じなのにです。  アイデンティティの大部分は、民族や文化とともに、これまでの経験や将来感といった個人的な原動力がもとになっていると思います。結局のところ、アイデンティティというのは数多くの影響によって形作られているのだ、と私は信じています。もちろん、それらの中には文化によるものもあり、そうでないものもあります。たとえ日本においても、それらは数々の影響により個人的に異なってきます。

●人生は、アイデンティティの形成と再形成の繰り返し  アイデンティティは常に変わり続ける

——あなた自身、アメリカ人または西洋人というアイデンティティを持っていること、またそれが日本のそれとは違っていることを認識しましたか?   

 それは重要な質問ですね。まず、質問に対しては、いいえと言わせてください。私は、日本人にアメリカまたは西洋的な考えを基に人格をとらえてもらおうとはしていません。  

 アイデンティティというのは、形成されるものです。ですがそれは、一般に広く考えられていることではありません。アイデンティティについて、一般的に受け入れられている概念ということから考えれば、日本とアメリカとでは大きく異なっていると思います。多文化、多民族の国であるアメリカでは、アイデンティティは、多くの場合、個々人の表現の手段であり、ユニークさや特徴を評価するものと思われています。しかし、比較的単一民族の国である日本では、アイデンティティが、集団として分かち合うもののように理解されているようです。しかし、こういった一般化が、この国の文化を形成するべく、広く受け入れられているとしても、それぞれの社会でのアイデンティティの多様性を正確かつ完璧に描けているわけではありません。  

 私は、アイデンティティ形成のプロセスが、民族の中に息づくそれよりも優れていると言おうとしているのではありません。それらがどちらも不完全なものだと言いたいのです。答えとしては、アイデンティティという問題では、集合的なものと、個人的なもののどちらも、よく考えなければならないということです。これらの多様性のあいだの緊張の中、「外と内」の間でこそ、それぞれの社会の姿を測ることができるのではないでしょうか。

——日本人の写真を撮った際に、一番表現したいとこころがけたことは何ですか。  

 私は作品を通して、主題と私、さらにいえば主題と観客との間に、関係性の眺望(パースペクティブ)を繰り広げたいと思っています。主題が日本人でもアメリカ人でも、私は同じ姿勢で仕事をしますし、写真を通して何が起こるかに対しては、常に自由に、オープンでありたいと思っています。   

 ですから、私の写真は、主題と私の間に発生するある種の特別なコミュニケーション、見地、または対話を記録する試みであると言えます。そこには私たち両方の声が含まれています。私が長野の生徒たちと日本で仕上げた作品の中からは、彼ら若者の持つ関係性の強さと存在感が強く感じられると思います。その存在感の意味するものは、日本人の観客にとってより強く感じられるはずです。それは、日本社会では普段目の当たりにされない、個の表現としてのものだからです。それは、内から外へ向かって発せられています。

——あなた自身のアイデンティティを確立させている、最も重要なものは何でしょうか。  

 あなたが誰であるかということは、あなたが生まれた場所やこれから行く場所ではないということをまずわかってください。この大きなテーマに対して、「何が重要か」という問いは、ごく小さな概念ではないでしょうか。あなたが誰であるかは、あなたの過去(母国、民族、文化、家族、体験など)も、あなたが抱いている未来への意識も関わってきます。そのように考えれば、アイデンティティというものは、本当に動的(ダイナミック)なものだと言えます。それは常に変化しているものなのです。変わり続けるアイデンティティについて常に問いかけるということは素晴らしいことではないでしょうか。もし、ビジョンは常に変わっているということを理解すれば、意識をもって自分の人生を形作ってゆくことができるようになるのではないでしょうか。  

 人生は、アイデンティティの形成と再形成の繰り返しだと思っています。また、人は、自分の過去を本当には過去に置き去ることはできません(生まれつきのものは残る、という意味で)。ただ、さらに自分らしくなっていくだけなのでしょう。  

 日本は、アイデンティティという問いに触れることを躊躇してはいけないと思います。実際、過去ばかりでなく、これからどうなっていきたいのかという社会の中での対話によって、日本がより日本について深く理解できるようになるカギとなるのではないでしょうか。

Identity Transcription

 Q. 日本の第一印象を聞かせてください。

 A. 日本の第一印象ですか…。

 Q. 一言で言ってくださっても結構ですし、感想の羅列でも十分わかりますので。かなり漠然とした質問で、申し訳ありません。 

 A. 日本には何度も行ったことがあるので、最初の印象を思い出すのが難しいのです。

 Q. では最初に日本に行ったのはいつですか?何年になりますか?

 A.  最初に日本に行ったのは、大学を1993年に卒業してすぐです。そうですね、第一印象は、私の住み慣れた世界とは全く違う世界に来たということでしょうか。もちろんそれ以外にもたくさんの印象はありました。というのは、最初に日本に来たときにはまず数日間東京に滞在した後、地方にも行ったからです。長野県の中の小さな町でした。ですから、私の印象はいくつもの層に分かれているのです。そうですね、日本が多くの顔を持つことに気付いた、と言ったほうがいいかもしれません。第一印象としては、日本はとても複雑な場所だと感じました。

 日本の外にいる人が日本について理解していることはあまり深くないことがわかりました。外から理解しようとしても非常に難しいものだとということがわかりました。こういうことが私の第一印象です。   

  都会と地方を一週間のうちに見るということは、非常に日本的な部分と将来的な部分を見ることになります。地方では非常に日本的な部分、つまり伝統とひとりひとりの暮らしを見ることができ、そして、一方で びっくりするような、クレイジーな、非人間的な未来都市を見るのです。単純な2つの眺めのように聞こえますが、そうではありません。人々は日本の将来の姿を見るだけでなく、日本の伝統も忘れないのです。しかし、日本の外にいる人は日本が持つこの2つの世界を理解することはできないと思います。  日本の外にいる人々は伝統も大事だし、未来世界も大事だということは理解できます。しかし、そ2つがリンクしていることは理解できないのです。それが日本とは非常に違う部分です。

 Q. 東京が非人間的とおっしゃったのはどういう意味ですか?  

 A. 非人間的というのは適切ではないかもしれませんが、人と人が断絶されてるという意味です。

 Q. 次の質問です。合衆国と比較して、日本の高校生の良いところ、悪いところは何でしょうか。

 A.  まず、わかっていただきたいのは、私はアメリカで教師をしているのではないということです。私はアメリカの高校で教えたことは一度もありません。ですから、そういう質問にはあまり答えられません。アメリカの高校の様子に関心があるのですか?    では、私の仕事にあてはめてお話しすることにしましょう。日本の若者は、自分自身のアイデンティティを見つけようとしています。しかし、日本の社会に受け入れられるものと受け入れられないものの間で苦しんでいます。日本の若者は、非常におもしろいターゲットだと思います。若者は両親や祖父母が生きてきた時代とはいくらか断絶されていて、その時代を感じることも経験することもできないからです。彼らの両親は日本で起こっている小さいことに目をとめたことはありませんでしたが、若者は自分自身の型を破ろうとしています。といっても、自分のしていることが正しいという確信があるわけではなく、自分の感覚を信じていいのかもわかっていません。彼らは今非常に弱い時期にあります。それでも、自分の人生をもっと良くしようと日本の若い世代にできることを探し求めています。 

 Q. 3つ目の質問です。授業を通して、何を感じ、生徒たちと何を交換することができましたか?何か変化はありましたか?

 A. 私が授業でやろうとしたことは、生徒にアイデンティティという非常につかみどころのない、触れることのできないものについて理解してもらうことでした。私は自分で撮った写真を使いながら、理解してもらおうとしました。そしてアイデンティティは触れることはできないものですが、人々がどうお互いを結び付け、関連付けていくかというときに、とても重要だということを理解してもらいたかったのです。たくさんのことを理解してもらいたかったのですが、まず、私のポートレイトに写された人々と生徒自身のインターアクションを創り出そうとしました。  このようなインターアクションを創り出すためには、いくつかの段階を踏みます。まず、一般的な概念で考えてもらいました。単に彼らは日本人であり、写真の人々はアメリカ人だということを考えるのです。    生徒に、彼らが写真の人々を理解することは決してない、話すこともない、個人的なコミュニケーションをとるのは不可能だということをわかってもらいたかったのです。そこからもっと深い印象を持ってもらうことが重要だと思っていました。第一印象ではなく、第二、第三印象を持ってもらい、考えを変えてほしかったのです。

 Q. では、生徒は会ったこともなく、表面的には何の共通性もない写真の人々と自分自身を見分け、自己を同一視できたのですか?

 A. もちろん、私が彼らにさせた方法は、自分と外国人を比べることでした。しかし、私はまず彼らが非常に一般的なレベルで比較を行なうように仕組んだのです。その後、生徒自身が写真を見て感じたことを解釈させました。もちろん、その解釈というのは自分自身で行なうものですが、最終的には自分自身の解釈の中に自分自身のアイデンティティがないかを考えさせました。 

 Q. はっきりした変化が見られましたか?最初の段階では、生徒がアイデンティティって何だろうと話していただけだったのが、だんだんと…

 A. 次のようなことが起こりました。初めは、彼らにはこのアイデンティティという単語が何なのかさえもわかりませんでした。またそれ以上に、わからないもの無理はないと思いました。日本では公の場で論じるということがなく、人々は自分自身の考えを確立することができないのです。アイデンティティとはそういうふうにして生まれるものなのに、です。ですから、彼らにはアイデンティティが何なのかわからないのです。

 「我思う」ということ、つまり、自分自身のために考え、決断し、その変化を理解するということがいかに大切かということを生徒は知らないのです。行為を選択する際の考えの変化は、文化交流的関係のなかだけでなく、自分自身を理解し、日本にいる他の人々を理解するためにも重要なのです。  最初から彼らには立ち上がって意見を言う場がなかったのです。     

 前にも言いましたが、そのような考え方について一般に話されることすらないのですから。ですからまずしなければならなかったのは、アイデンティティというものの重要性を説明することでした。  そして、最後にどうなったかというと——    まず、生徒はこれらの写真を「アメリカ人にはいろいろな人種がいて、いろいろな仕事に就いている」というふうに考えながら遠くから見ているだけでした。写真の人々と自分をどう結びつけて考えていいのか全くわかりませんでした。ですから、私は最初写真の人々の違う部分を紹介しながらも、他の方向ではこういう結びつけ方ができるということを教えました。これが引き金となって生徒が自分自身で解釈を始めるようになりました。   

 起こった変化というのは、生徒たちが、アイデンティティは歴史や親から受け継いだものだと考えるのをやめたことです。アイデンティティは知識のようなものであったり、他人から与えられた考えだとは思わなくなりました。それから生徒たちは自分自身のアイデンティティや観点などの多くの問題をコントロールしている人格があることを認識し始めました。            

 ア イデンティティは民族や国にも起因していることもわかってきました。生徒たちは自分が周囲の人々と同じであると考えていたのですが、自分の経験や未来観などを認識し始め、クラスメイトがとても興味深い存在だということをわかってきました。

 Q.  4つ目の質問は、「アイデンティティについて考えるとき、非常に重要なものは何か」ですが、すでにお話になったかもしれません。 A. そうですか? 私は何が重要と言ったでしょうか?  

 Q. あなたは、アイデンティティは与えられたものではなく、創り出すことができるものだとおっしゃったでしょう。

 A. アイデンティティは与えられるものではありません。それは不可能です。アイデンティティとは何でしょうか。それは意味と経験の源だと思います。フィルターのようなもので、それを通して私たちは自身の考えや人生を理解し形作るのです。非常に漠然とした説明ですが、ひとりひとり特有なものです。  

 ひとりの人間のアイデンティティを形成するものは何でしょう?日本では、アイデンティティ、理解、視点またはその人の「フィルター」は文化から来ると考えらています。「アイデンティティ=日本文化」だと考えられているのです。「私は日本人です。それが私のアイデンティティです」いいえ、それは正しくないのです。  

 人によっては考え方に日本的な考え方や伝統といった文化的影響があるのは事実です。しかし、日本のある生徒が80歳の日本人と同じアイデンティティを持っていたらどうなるでしょう。もしかしたら、生徒のおじいさんがその人物かもしれません。しかし、生徒にこの質問をすると「それは違うよ」と答えます。では、何が違うのでしょう。おじいさんとは多くの共通点があります。同じ言語を話し、同じ服を着て、同じ国に住み、同じ民族です。つまり、2人は同じ文化にいながら、 違う人物なのです。 

 違いは、生徒は彼自身の経験、記憶、未来観を持っていることにあります。80歳と15歳が考えます。見たものについて考え、自分自身とは何かを考え、目標に到達するための道を選択するのです。何が違うのでしょうか。そう、その考えは生徒自身のものです。父親から受け継いだものではありません。アイデンティティとは自分の人生を理解するためのフィルターで、非常に多くの影響をうけつつ成立するものなのです。 

 前にも触れましたが、文化などの集合的な影響もありますが、そうでない影響もあります。人間はひとりひとり非常に違うもので、心理的な生き物です。混合された影響なのです。集合的な影響もあれば、個々の影響もあります。 

 日本においても、個々の影響は存在するのです。  

 

 Q. 生徒にアイデンティティについて教えるとき、最も気をつけたことは何ですか。

 A. 教師として行くからにはたくさんの目的があったわけですが、私はとくにアメリカと日本の文化の交わりを大切にしようと考えていました。まず、生徒がアメリカを理解するのに役立つような会話をしました。日本の生徒は私が教えている間に、アメリカ社会を少しは理解できたでしょう。

 私は、生徒たちが英語を身につけようと頑張っていて、たくさんの接点を持とうとしていることに気付きました。 生徒たちには今多くの接点があります。しかし日本人一般が外国を見るとき、外と内に問題を2つに分けて「私たちは日本人であり、それ以外の人はみんな他の人種だ」と考えるのです。 

 彼らはアメリカもそのように見るし、日本の外を見るときにはいつもそういう見方をするのです。だから、外で実際に何が起こっているかを本当に理解することはできません。理解しえないのです。

 ですから、私は生徒たちに違う部分のアメリカを見て欲しかったのです。  アメリカではアイデンティティは多くの層から成り立っています。純粋なアメリカ人もいれば、アフリカ系アメリカ人もいるし、バプティストもいれば、南部人もいるわけです。兄弟4人姉妹4人を持つ人かもしれないし、孤児かもしれない。

 アメリカにいるからといって、「アメリカ人」とひとくくりにはできません。アイデンティティには多くの層があるのです。私は生徒にそのことを考えてもらいたかったのです。そうしなければ、生徒とアメリカの接点はないからです。

 そして、日本においても同じことを考えてもらいたかったのです。つまり、彼らは皆日本人ですが、地方出身だったり都会の出身だったりするのです。またそれぞれが違う家族を持ち、将来について自分なりの考えを持っているのです。

 私はそのような方向で、生徒たちに会話を通して文化の交わりについて考えてほしかったのです。小さなコミュニティーから大きな社会など、細部から全体にわたって考えてほしかったのです。彼らに「結びつける」ということをしてもらいたかったのです。写真を使って、そこに写っている人と自分自身との個人的なつながりを見出してほしかったし、そのために生徒同士で助け合ってもらいたかったのです。

 

 Q. あなた自身、アメリカ人または西洋人というアイデンティティを持っていることに気付きましたか?それともそのような考え方は日本特有のものなのでしょうか。

 A. 一つの人類だとか、一つの民族だという表現は避けるように気をつけていました。私たちは人間であることにおいてはみな同じでした。違う言語を話すというだけです。アイデンティティは人類とか民族といったもので決まるものではなく、同じものはひとつもないのです。

 また、アイデンティティに関する質問も個人によって違いますし、それに対する答えもそれぞれ違うのです。たとえば、アメリカにおいてはアイデンティティということを考えるのはそう難しいことではありません。

 アメリカ社会には多くの違ったものが存在しているからです。さまざまな人が住んでいます。私自身に特有なものとは何かと問うとき、その答えは明確であり、そう考えることは自然なのです。

 しかし、日本ではそのような疑問は社会全体として起こります。アメリカでは個人の中で起こるのです。 この問いを個人が抱いているのではなく、社会全体で考えるわけです。それでいいのです。

 私が言いたいのは、そういう考え方が間違っているということではありません。しかしその考え方はアイデンティティについての質問全部に答えを与えることはできません。そのように考えている限り、どのようにお互いを結びつけるかという問題に十分には答えられないのです。

 このことは、特に日本以外の国においては、非常に重要で、違うということがお互いを結びつける要素となっているのです。日本とアメリカでは、アイデンティティに対する質問の成り立ちも違うのです。日本人はみんな同じで、アメリカ人はひとりひとり違うことは、一般的に言われていますが、これでは問題解決にはなりません。 私の作品の中にアメリカを見ようとするなら、そのポートレイトのひとつひとつが、アメリカ人にはいろいろな人がいて、社会全体で互いを結びつけようとしているのがわかるでしょう。そのようななかで人々は交差しているのです。

 日本では、逆の問題が成り立ちます。全員が同じでありながら違うのです。日本では「外と内の関係」がすべての関係を理由つけています。

 

 Q. 日本人の写真を撮るとき、一番表現しようとするのは何ですか。

 A. ポートレイトはある意味で個人的なものであり、私が撮るポートレイトは私がどのような結びつきを好むかということには左右されません。日本人のポートレイトを撮るようにアメリカ人のポートレイトも撮ります。しかし、違う意味を持ち始めるポートレイトもあります。

 例えば、日本の 高校生は互いを結びつける「強さ」を持ち合わせていませんでした。全員が自分はアイデンティティを持っていないと思っていました。しかし私のポートレイトでは生徒個人のアイデンティティからしか創り出せないつながりを表現しようとしています。

 もし私のポートレイトが、若者にこのような強さやアイデンティティがあるということを証明するか、またはアイデンティティが表面に出るのを助けているなら、私の仕事は成功です。日本人のポートレイトはすべてそのような目的で撮りました。それは一人一人の結びつきの連続であり、 生徒ひとりひとりの内側にある強いものが外に現れて、一続きになったものなのです。

 そして、私の望みはこれらの写真を見た人の期待を裏切ることなのです。これを見た人はみな、アイデンティティの表現はひとりひとり違うのだということに気付くでしょう。

 写真を見る前に質問しても、彼らは「日本人なんてみんな同じだよ」と答えるでしょう。私は、日本の内外の人が感じることのできない、つかみどころのないものを表現したいのです。 

 

 Q. 日本に滞在している間、何か大切なことを見出したりしましたか?

   A. そうですね、文化や社会を考えたときに、日本は私にとってとても魅力的な場所です。人々や文化から学ぶことがたくさんあります。  私は心を開くことに努め、日本のさまざまなことについて学びました。日本にはアメリカにない美しさがあります。私が考える最高の文化というのは、アメリカ50%、日本50%をバランス良くいっしょにしたものだと思っています。どちらの良いところも悪いところも。日本の多くの場所に行き、自分自身についても考えました。

 

 Q. 日本のどういうところが好きで、どういうところが嫌いですか?漠然とした質問ですが。

 A. 日本には考えや関係や個人的なインターアクションにおいて感性があると思います。伝統があり、歴史があり、とすばらしいクオリティだと思います。しかし、私にとって一番重要なのは感性です。

 

 Q. どうしても受け入れられないものはありますか? 

 A. そうですね、日本の大きな問題ともいえることですが、自分の持っているものをオープンにしないことですね。

 

 Q.  関係があるかもしれませんが、海外に出て何かをつかもうとしている日本人に欠けた要素はありますか?

 観光ではなく、何かそこで活動しようとしている日本人にです。そういう日本人全体を見て、活動を妨げている日本人特有の要素があると思いますか?

 A.  前にも言いましたが、人々を理解すること、日本の個人同士のコミュニケーション、心を開くこと、個人の理解、これらはすべて違う方法で行なうことはできません。ある種の儀式のような中で行なわれるのです。これらを行なうためには、アイデンティティを確立するための個人的な解釈と意見が必要なのです。

 ですから、このような解釈をすることが一般的でなく、この解釈の必要性が事実である限り、日本人が海外に行っても、個人的な結びつきを持つのは難しいでしょう。日本人が他の社会に行ったときの問題は、日本国内でもすでに起こっていると思います。つまり、個人的な結びつきを確立するのが難しいということです。  

 また、人々は私に近寄って来て「外国から来たんですね」とよく言います。おそらく、この人たちには、完全に日本人か、完全に日本人じゃないかという感覚があるのです。100%日本人または100%非日本人、ということです。彼らはオープンかクローズのどちらかでしかありません。それ以外のことはしないのです。

 私は、私の仕事を通して、日本内外の日本人に、あなたはいつまでも日本人なのであると同時に、それ以上のものだということを知ってもらいたいのです。彼らは人生を選び、活動的に追求することによって自分のアイデンティティを創造し続けることができるのです。そのようにすることで彼らは豊かになり、日本人としての感覚も最終的にはそれを助けるのです。そうでしょう?どれだけ心をオープンにするかとかクローズにするかという問題ではないのです。彼らにとって重要なことは失われることはないのですから。個人にとって本当に大切なものは失われないのです。

 

 Q.  ひとつの民族であるという考え方のために、日本という国は海外の人々に受け入れられないのでしょうか。

 A. 日本が世界に提供できるものはたくさんあります。そして日本はもっと世界に向けて発言する必要があると思います。日本を理解してもらうためだけでなく、日本の観点を提供することで世界に貢献できると思うのです。

 日本は世界に提供するものを多くもっており、そのためには日本人である必要があるのですが、同時に日本の人々は日本人であるということの意味を理解しなければなりません。それは日本人対それ以外の人という意味ではありません。 それが日本の長所であり短所でもあるのです。 日本の観点には重要なものがたくさんあり、世界中に広められ、提供されるべきものです。それは人種といった偏った考えに限定されるものではありません。

 

 Q. 海外で何かに到達して、外国でも敬意を払われている日本人はたくさんいます。多くの日本人がメディアで話したり、書いたりしているのを見たことがあります。 彼(インタビューの内容を考えた人)は日本に住んでいるので、前のような疑問を持ったのでしょうが、アメリカ人は日本人が何かに到達したときには認めるのですが、あとで「そんなに大した事じゃないな」と思うものなのでしょうか。よくわかりませんが。  

 指揮者の小沢征爾さんは日本人です。日本にいた間は認められませんでしたが、ドイツでは受け入れられました。今では非常に有名です。日本人の目から見れば、彼らは敬意とか自尊心がなかったのでしょうか。

  A. 個人を励ますことは社会全体を考えたときにも、非常に需要です。そしてこれも日本ではあまり語られないことです。

 

 Q. アメリカ人として、日本人の良いところ、悪いところは何でしょうか。アメリカと比較したときに、アメリカ人が変わるべきところはありますか。 A. ええ、ありますよ。アメリカにはすばらしいこともたくさんあります。選択の幅があるということがもっとも重要でしょうか。

 自由と選択について、一人一人が立ちあがります。彼らを彼らとならしめているものに従って、社会でも行動するのです。しかし、日本は貧困や民族問題という違う目標に到達しています。アメリカも失敗しているわけではないのですが、このような人々の権利を守るためには、まだすべきことが残っています。

 アメリカ人は全体的に利己主義で、自分のことしか考えてないと言えるかもしれません。しかし、アメリカの人々は、個人的なインターアクションについては洗練された目をもっています。彼らは多文化的関係という概念を理解しようとする必要もないのです。非常に複雑ですが、申し上げたように、アメリカ人が得意なことを日本人は苦手とし、日本人が得意とすることをアメリカ人は苦手とするのです。

 ですからこの2つの社会がつながりを持つということは非常に重要です。橋さえ完成すれば、人々は渡ります。そのようにしてしか人間は理解し合えないのです。 そしてまた、芸術家として、私の目標は人々の顔と顔を合わせるということです。研究機関やビジネスの分野ではすでに多くのリンクができていますが、この橋を渡っているのはそんなに多くはありません。たくさんの橋があるにもかかわらず、まだそこには多くの戸惑いや誤解があるのです。 

 

 Q. 人々と文化の相互理解のためにもっとも重要なことは何ですか?  

 A. 人々がオープンになり、よく聞き、感じることです。私はポートレイトを通してそのようなつながりを作ろうと思っているのです。

 

 Q. 日本に滞在した間、最高のコミュニケーションができましたか? 

 A. ええ。写真に証明されています。

 

 Q. 問題はありましたか?コミュニケーションしようとして悪いほうに動いたことはありますか?  

 A. そういうことはしょっちゅうです。私と父の間でも起こります。ですからもちろんそういうことは、会ったばかりの人とは起こりやすいです。しかし、重要なことは、そうなっても心を閉ざすのではなく、分かり合おうとすることです。 例を挙げましょう。日本では、店や駅で知らない人に声をかけることがよくあります。

 私は日本語はすばらしく上手ではありませんが、話せますし、多くの日本語を知っているわけではないのですが、知っている日本語は上手に話すことができます。アクセントはけっこういいと思っていますし、言ったことをちゃんとわかってもらえます。しかしそれはいつもとは限りません。知らない人に声をかけようとすると、たとえ完璧な日本語で話しかけたとしても理解してもらえないのです。

 それは、その日本人が、私が日本語を話せないと思ってしまっているからです。同じ事をもう一度言うとわかってくれます。

 

 Q. これから初めてニューヨークに降り立つ日本人に何かアドバイスはありますか?

 A. ただ歩くことです。

 

 Q. では、あなたの知り合いが初めて日本に行くとしたら。

 A. 歩きまわることです。  

 

 Q. あと2つ質問があります。アイデンティティの確立において、もっとも必要な物はなんでしょうか。

 A. あなたが誰であるかということは、あなたが生まれた場所やこれから行く場所ではないということをまずわかってください。おそらく、最も重要なことは、大きな概念の中の小さな概念です。

 あなたが誰であるかはあなたの過去も未来にも起因します。国、文化、そして将来どうしたいかということでも左右されます。そのような中で、アイデンティティは常に動いていて、変化していくものであることを学ぶでしょう。 そう、変化しているのです。

 アイデンティティとは何かという質問はすばらしい質問です。将来の夢が変化していることを理解するということは、自分の人生は自分で造ることができるのだということを本当に理解したことになるのです。人生とはアイデンティティを形成し、さらに造り直していくためにあるのです。過去を置き去りにする必要なないのです。重要な選択をしていくのです。

 

 Q. 最後の質問です。インターネット社会を考えるとき、この社会を良い方向に発展させるためには、どうすべきでしょう。特にインターネット社会での国際的なコミュニケーションという点において答えてください。 

 A.  ことばと同じです。インターネットが使えても、相手を本当に理解することはできません。これは手段であって、結果ではないのです。インターネットは人々をつなぐ手助けをすることはできますが、ことばと同じように、相手を傷つけることもできるのです。

 日本では、英語を身につけるということが非常に重要視されていますが、英語を勉強することが人々とのつながりを持つために役立つとは限らず、逆に外人と接することを避けたいと思わせることもあります。インターネットも、役に立つこともあれば、まったくそうならないこともあるのです。そこには個人の哲学や希望というものが重要になってくると思います。 それが理解ということにおいて一番重要なことではないでしょうか。ですから、インターネットは、手助けはできても解決にはならないということです。 Q.  ありがとうございました。

●ABOUT N.Y.city

 

グレッグ:私がはじめてニューヨークに来たとき、自分の国では感じたことがない開放感を体験して、ニューヨークがすごく好きになったんだ。 それはたぶん、イギリスと違って、社会の一部として振る舞ったり、社会に順応しなければいけないという感じが無かったからなんだ。

 逆に、何か突飛なことを期待されているくらいに感じたよ。それが本当なのかどうかわからないけど強く感じたのは事実で、今でも、イギリスに戻るとそういうギャップがあるんだ。

 

 テツ:初めてアメリカに来た頃は、アメリカのこの部分は良くて、日本のこの部分は悪い、などと思っていました。でも、長い間いると、変わって来た。実は、アメリカで初めて体験したり見るものはなんとなく「これは昔にテレビでも見たことがある」ようなもので、遠いアジアの国などに行くのに比べたら、大きなカルチャーショックはないのだと思うようになったな。

 

 リチャード:僕は日本人の友達が多いんだけど、日本に帰りたくないって声を必ず聞くよ。「アメリカに居ると、自分がやりたいことができるように感じる」って言うんだ。

 

 ユキコ:私もそう思うもの。女性は特にそうだと思うわ。

 

 リチャード:それは日本に外国人として行ってみるとよくわかるよ。女性の扱われ方が全然違うと思ったよ。

 

 ナチ:ニューヨークで歩いていると、男の人がやってきて、「あなたはどこの日本料理店で働いているのですか?」と聞きます。いつもです! 彼らは、ニューヨークにいる日本人の女性は、みんな日本料理店で働いていると思っているのかしら? 

 

 シルビア:ニューヨークの人は、そういう悪い習慣もあるわ。私もそうかもしれない。でもそれは、ニューヨークだけだったりするもの。ニューヨーク自体は、本当に独自にあるものなのよ。ほかとは比較できない街なの。アメリカの別の場所に行けば、別のアメリカがあるという感じ。ニューヨークはニューヨークで、アメリカはアメリカ。

 

●ABOUT SCHOOLDAYS

 

 ナチ:アメリカで学校に通いはじめて、いろいろなことを経験したわ。こちらでは、授業で話せないと、自分の意見を持っていないと落第するの。日本では、教授に意見することなんて、許されてなかったのに。今では、思ったことを言いすぎるくらいかもしれない。

 

 ユキコ:日本の大学で、自分の意見を試験で書いたら、成績がCになったことが……。先生は、日本では神みたいな存在。先生に質問するだけで、「彼女は普通ではない、彼女は変だ」って。こちらは、みんなの意見が違って当たり前、という風ね。

 

 シルビア:もちろん、どこの国にもよい先生もいれば、悪い先生もいるわ。それは日本のシステムとは関係がないのでは?

 

 テツ:日本の教師は概して、頭の良い生徒を高く評価し、試験のために勉強するものだと考えるし、僕らも大学受験を意識しすぎている。

 

 タカ:ニューヨークに来て良かったのは、考えることを学んだことです。日本では、僕は頭を使ったことがなくて、ただ暗記するだけだった。ここでは考えることが必要だし、それで多くのものが得られたと思います。

 ハーグマン:私はニューヨークで生まれて育ち、私立学校に通いました。何か間違ったことをすると、先生が私の指をピシャリ!と打ったり、机ごと廊下に出されたり。修道女たちはなかなか暴力的でした。ニューヨークがすべて同じというわけではありません。

 

●HATES

 

 テツ:「英語が話せないのなら、ここにいるべきではないわ!」と言われたことかな。そして、ほとんどのアメリカ人は他の国の言葉を習おうともしないのです。

 

 シルビア:アメリカ人はみんな「私はスペイン語、フランス語を5年間習いましたが、話せません」と言うわね。

 

 ユキコ:もし私が、ニューヨークで勉強をしていると言うと、英語を勉強していると思うわ。

 

 マイケル:ケベックに住んだのをはじめ、これまでいろいろな所に行きました。ニューヨークは多文化ではあるけれど、多くの人種差別もあると思う。僕は古い白人地域で育ち、学校でも唯一のアジア人だったので、差別の経験は、子供の頃からいろいろあったよ。

 

 グレッグ:僕は香港で育ち、今はチャイナタウンに住んでいますが、日常的に人種差別を受けていると思います。もう多少のことは慣れてしまいました。他の国に住めば、いろいろなことはただ起こるのです。ですから僕は少し気楽にしています。見た目には、僕はアメリカ人ではなく韓国人なのだもの。このようなことを話していると人種差別は続くので、普段はこういったことは話したくないのですが、

 

 マイケル:ニューヨークは、アメリカの他の場所よりかなりましだと思う。南に行くと、もっとすごい。

 

 タカ:過去に、私は一度も差別されていると感じたことはありません。

 

●AND LOVES

 

 タカ:僕はニューヨークか日本かどちらかが好きか、とは言えません。僕は、ニューヨークの街を愛していますし、日本も同じように愛しています。

 

 ナチ:わたし、日本に居るときは、不自由だなんて、考えたことなかったの。でも、ニューヨークに来てから、自分があまり自由じゃなかったことに気づいたの。

 

 シルビア:私は16歳の時にアメリカに来たので、精神はアメリカで成長したと思ってます。とてもアメリカ人らしい考え方をすると思うし、この国は愛しているわ。そうやって育っていくなかでアメリカの良いところを沢山見つけてきたと思うのですが、その中でも一番好きなのは、この国が、ヨーロッパでは不可能だったはずのチャンスを私に与えてくれたことよ。N.Y.は、チャンスを手に入れたい人にとって、チャンスはある場所だと思うね。

Identity in N.Y.

 

ジョージ・フィールズ氏インタビュー

ニューヨークのビジネススタイル、東京のビジネススタイル

ニューヨークのビジネススタイルを「海援隊」とすれば、

日本の企業は「新撰組」に見える。

 

 

●ニューヨークは競争社会

 

——東京とニューヨークのビジネス社会の違いについて、どのようにお考えになりますか。

 G.F.:アメリカ人でも「ニューヨーク以外は」と言うぐらいで、ニューヨーク・イコール・アメリカではありません。ニューヨークが非常に特殊なところであるというのが、大きなポイントと思います。ニューヨークは、個人をまず認めてもらうために、たくさんの人がひしめき合っている競争社会です。一方、東京は、個人の自我を出さない共生社会、共に生きる社会です。そういった違いは、やはりそれぞれのビジネススタイルに現れます。

 ニューヨークのビジネスマンは、ある意味ではせっかちというか、決断がとても早いですね。どんどん決めていかないと気がすまないから、そのスタイルに慣れていない人は戸惑いを感じるかもしれません。

 ニューヨークっ子は、ニューヨークが世界の中心と思っている人が非常に多いです。ですから、何でもニューヨーク流、ニューヨークスタイルでやりたがります。東京は共生社会ですから、お互いに妥協する面が多いです。外人とビジネスをする場合も、東京のスタイルにはとくに固執はしません。ある意味では、東京のほうがニューヨークよりも国際性があると言えるかもしれませんね。

 

——それは日本人にとっては意外な見方ですね。

 G.F.:ニューヨークの場合、ニューヨークスタイルというものが確立されているので、アメリカ人でさえも、ニューヨークはフレンドリーでないとよく言います。そのため、ニューヨークという街は、非常に好きな人とそうでない人とに分かれます。私は、ニューヨークが大好きな方です。

 「ルード(無礼)」がニューヨーク流なのです。実際はフレンドリーなのですが、最初に挑発的な態度をとるのがニューヨークっ子であり、ニューヨークスタイルです。最初の印象は、ニューヨークと東京とでは全然違います。

もちろん深いところでは、ニューヨークっ子の方がフレンドリーだと思います。 

 日本人は表面的には非常にフレンドリーで、礼儀正しくても、本当のところは仲のいい内輪だけで仕事を進めてしまうというところがあります。

 ニューヨークは、最初はアンフレンドリーでも、対等に渡り合えるようにすれば、相手を認めてすぐに親しくなります。それは相手が東洋人でも誰でもみんな同じです。そういったところは、ニューヨーク独特のものだと思います。

 

●今、企業に求められる4つのポイント

 

——都市として見たときの東京とニューヨークの違いはどのような点にあるでしょうか。

 G.F.:まず、ニューヨークと東京は移民が多いという点ではよく似ています。東京は、戦後に地方から流れ込んできた人ばかりです。ニューヨークもまさしくそうです。

 違う点は、東京は幕府のお膝もと感覚で、すべてが集中しているのに対して、ニューヨークはそうではないところです。ニューヨークは、金融、広告、メディアの中心であり、政治はワシントン、製造業はデトロイト、コンピュータはシリコンバレー、研究所はノースカロライナといったように、都市が専門化されています。一極集中の東京はインターネットの時代だというのに、非常に効率が悪い社会だと思います。

 

——今後のビジネスの成功のために、日本の企業に必要なことは何ですか。

 G.F.:先進経済国というのは皆同じ条件で、ニューヨークだからとか、東京だからというようなことはないと思います。そこで、ニューヨークでも東京でも共通したビジネスの成功の条件として、4つを挙げることができます。

まずは、即時性です。今のネットワーク時代には、昔のようにゆっくりとした仕事の進め方はやっていられません。

次は、流動性です。固定した取引にこだわらないこと。一カ所ではなく、どこからでも一番いい取引ができるのだし、そうしたことを積極的に進めなければなりません。これはネットワークの原則です。

 3つ目は、異質性です。同質な組織や人とばかりと付き合っていると取り残されます。いろいろな組織や人と付き合うこと。これは日本人は苦手と言われますが、日本も先進企業は皆やっています。昔は全部、自分の系列で仕事をやっていましたが、そういうビジネススタイルは今では崩壊しています。

 4つ目は、迂回性です。つまり、選択肢は多いほどよいということです。消費者から見れば、昔は洋服はデパート、洗剤はスーパーで買うものでした。でも今は、コンビニもあるし、eコマースもある、直販という方法もあります。企業も同じことで、取引相手も、人材も、戦力も、ともかく選択肢が広いほうがよいのです。

 

——日本人にはかなり苦手なことばかりのように見えますが。

 G.F.:歴史的に見ても、そんなはずはないと思います。もともとそうだったのではなく、そうなってしまっただけの話です。幕末の新撰組、海援隊という2つの組織を思い出してください。

今、私が描いていた組織の条件はまさしく海援隊です。剣術を習いたい人、語学を習いたい人、航海法に興味がある人など、異質な個々の専門家が集まった集団が海援隊であり、また、それを束ねた坂本竜馬もまた、異質な人間でした。

 それに対して、新撰組はみんな同質です。幕末は両方の組織が存在したのに、今の日本は新撰組的集団ばかり増えてしまいました。それではこれからは成功できません。時代と状況に合わせて会社の性格をどんどん変えていかなければならないし、海外に行っても現地に入り込んでいく必要があります。

 

●ニューヨーク的アイデンティティと東京的アイデンティティ

 

——日本とニューヨークとのアイデンティティの捉え方の違いは、ビジネスにも現れるものなのでしょうか。

 

 G.F.:「アイデンティティ」という言葉はとてもおもしろいもので、カタカナで表記されていますね。どうしてかというと、日本語にはない言葉だからです。英和辞典を引いたところ、「均一性」なんて言葉が載っていたりしますが、まったく逆なんです。ニューヨークと東京の違いは、まさしくそこにあると思います。

 例えば、名刺を見てください。日本の場合は会社の名前がまず最初に来て、役職が来て、名前は一番最後です。ニューヨークは、まず名前が最初に来ます。次にどういった仕事してるか、そして最後に会社名が来ます。

ニューヨークのビジネスマンは、個人がやってることでその人のアイデンティティが決まります。それに対し、日本のビジネスマンは、どの会社に属しているかでアイデンティティが決まります。

 またアメリカでは、会社は転職するのが普通なので、一番最初に入った会社は、一番大切ではありません。最初の会社がうまくいかなければ、転職をすればいいという程度に考えます。最後の会社が一番大切な会社です。日本の場合は、最初の会社で人生が決まり、その人のアイデンティティも決まってしまいます。

 

——ニューヨークで仕事をするには、体力と気力が必要だとよく言われますね。

 G.F.:私はよく言っているのですが、ニューヨークが嫌いになったときには、私はもう老いぼれで、引退だよって。それだけ個性と個性がぶつかり合う街です。でも、それが面白いところです。

 私はニューヨークが好きです。若いときには、ニューヨークに居るだけでワクワクしました。今でもそれはあります。私がニューヨークに初めて行ったのは、年齢的に遅くて、1965年でした。あの空港からブルックリンブリッジを渡って、スカイスクレイパーを見えはじめると、ああ、ニューヨークに来たんだなと感じたものです。

 柴山信廣

ニューヨークはマンハッタンだけではない。

 ニューヨーク市郊外を歩いてみようと思った。

 そう決めた朝は、あいにく小雨模様だった。私が住んでいる23番地の地下鉄駅かqら1時間ほどで、ブライトンビーチとコニーアイランドという海岸へ行くことができる。そこへ行ってみようと思った。

 マンハッタンを越え、ブルックリンを越えて行くと、風景が突然変わる。このとき、ニューヨーク周辺を含めて、"ゴッサムシティー"なんだ、という感じが初めてしてきた。

 地下鉄は地表を走りだし、低い建物の上を高架線で進んで行く。左右に連なる壁に続くのは、アイデンティティを証明するサインを、イラスト風に描いたグラフティーたちである。雰囲気はさすがに危ない感じがしてきたが、この一見ディンジャラスな感じの先に、また新たな見えるものもあろうかと、小雨の中、目的地に向かった。

 ブライトンビーチには、ニューヨーカーにとっての、いわば「江ノ島海岸」のような場所だと聞いていた。だからかもしれないが、コニーアイランドは、海岸近くにある遊園地で「みなとみらい横浜」のような場所だと思っていた。多少の交通の不便さを差し引いても、何か興味を惹く、人の動きがある場所だと思っていた。

 しかし、どちらも違っていた。

 観覧車は止まり、出店もすべて閉まっていた。ただ一軒だけ、射的屋があった。ここは開いていて黒人3人がやる気なく、ただ撃っていた。店の中からジャック・ニコルソンをアルコール漬けにしたような人が出て来た。ポケットから、くちゃくちゃになった射的のただ券を出して、「お前、やっていけ」と言われた。私は断った。が、もう一度「やれ、なぜやらないんだ」と怒っている。

 それから、私は海岸のところまで歩いていった。海岸にも人影は少なく、さみしそうに観覧車が見えていた。コニーアイランドからブライトンビーチの方に向かって歩いていった。イギリスにも同じブライトンビーチという著名な場所があるので、もう少し人がいるのではないかと思ったからである。

 砂浜をゆっくり歩いて行くと、目の前の寒空の下、大西洋が広がっている。

 タンカーらしき船影が一つ遠くに見えた。

柴山信廣

 マンホールコレクションの左ページ わが国では、自転車で車道を走ってはいけないと昔から教えられきた。 国道1号線など、車の往来が激しいところでは、警官に歩道を走りなさいと、必ず注意される。だから、自転車のラインが引かれていないところでは、当然どこでも歩道をゆっくり走るのが正しいと、私は思っていた。

 あの小さな島を肌で知るためには、自転車がぴったりだと思ったのだ。 だから、ニューヨークでは、すぐに自転車を購入した。そして当然のごとく、歩道を走っていた。ご存じのように、ニューヨークの自動車の数は多く、特にタクシーなどの運転は非常に荒い。毎日のように事故を見かける。 

 そんな事だからここでも歩道を通るのが当然で、車道を走っているのが違法なのだろうと思って、しばらく走っていた。      

 しかしある日のこと、ゆっくりと走っていたのにも関わらず、「車道を走りなさいと」歩行者から注意をされてびっくりしてしまった。 あとで友人に確認してみると、ニューヨークでは、自転車が歩道を走ってはならず、車道を走らないといけないということだった。なるほど、車輪に乗っかっていると言えば、ローラーブレードの人たちさえも平気で車道を走っている。

 つまりこういうことらしい。「あなたたちは、自転車に乗りたかったり、ローラーブレードやスケボーに乗りたいのは自由だが、すべて自己責任でお乗りなさいよ」と。自由の国アメリカを代表するニューヨークでは、自由は与えられるかわりに、一方日本のようにきめ細かに守ってくれるようなところはない。 そして、碁盤目のようなニューヨークの道路を滑って行くローラーブレード、スケボーのローラー、自転車やタクシーのタイヤなどを、これらのマンホールは、いつも見つめているのである。

柴山信廣

 私が小学生になる前だったと思う。  NHKテレビの放送時間が終わる時間だったか、ニュースの時だったか、画面上で地球がゆっくりと回転していた。そしてそこから『龍のおとしご』のような地形がゆっくりと現れてきた。  

 それが「日本だよ」と親から教えられた時、私はなぜか嬉しさを感じた。なぜかは、覚えていないが、日本はいいなと思ったのだ。多分『龍のおとしご』に似た形状がしっかりと印象深く、存在感もあり、また何か精神的なものさえ宿っているように見えたからだろう。もっとも、ほかの国の場合は、幼い私には形状がよくわからなかったせいもあったのだろう。 

 だから、世界の国の数などもよく知らぬままにずっといた。しかし今歳をとり、あらためて地球上の地勢や国々の存在を見直してみると、何と国というものが多いことか。しかも、多くの国が単に地上に境界線を引いただけで形作られており、ちょっと見て、ぱっと「これが君の国の形だね」とは言いがたいのである。

 日本にはその「形」がある。つまり、形としての土地が明快に海上に存在しており、地図上にある日本というものも認知されやすくなっている。デザインの仕事で言う、独自性、独立性を具備しているのだ。  

 これからは好むと好まざるとにかかわらず、インターネットで代表されるように国家間の壁はどんどん低くなり、私たちの仕事であるデザインの仕事ですら、諸外国と仕事をしなければならなくなる。そのようなニーズを肌で感じはじめていたので、昨年秋、私はニューヨークを選び旅立ってみた。そして半年余り、かの地での滞在した。  

 現在ニューヨークという小さな島には、実に194カ国から来た人々が生活している。よく言われるように地球の縮図である。私は彼等の住んでいる場所を体を通して知りたかった。それはあたかも、幼い時に見た地球の図を、自らの足下に一挙に具現する経験とも言えた。   

 この小地球、ニューヨークを、私は鳩のように飛翔し、犬のように走り、嗅ぎまわって探検した。そしてその成果を一つの形にまとめていった。そこに見たものは、国々の地形の非独自性とは対称的な、多くの民族と人々個々の強烈なまでの、アイデンテイィティの存在であった。

柴山信廣

 ニューヨークの手練れ 東京、山の手線の朝夕は大変に混雑する。ニューヨークの地下鉄もまた、朝夕はラッシュである。

 ここで紹介するのは、ニューヨークに住み始めて間もない頃に、見たことである。 ある地下鉄駅で、ホームの方から太ったおばさんが、閉まりそうなドアの前で「私はこれに乗らないと間に合わないのよ」「どうにか入れてよ」と叫んでいる。と、これに対し既に車内にいたブロンドの美しい女性が声を張り上げた。「ファック・ユー!スペース?」。どこにあんたが入る場所があるっていうのよ、ということであろう。 「でもこれに乗らないと間に合わないの」とそのおばさんも食い下がる。しまいには「ビッチ!」なる単語の応酬となり、くだんのブロンド美人はやにわに電車を降り、ハンドバックを使っての攻撃となった。両の腕で巨体のおばちゃんを、えいやとばかり遠くに押しのけた美女、さっと再び電車に飛び込んだ。 

 そして、映画「スライディング・ドア」の運命の一場面よろしく、おばちゃんの目の前でドアはきれいに閉まったのであった。 瞬時の勝負に勝ちを収めた、手練れブロンド美女は一言、「ふん、ここは私のスペースなんだから」。彼女の意気揚々たる鼻息は、前に立っていた私の瞼にも熱く感じられたのだった。