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スクリーンショット

SHIBAYAMA
WORKS

My introduction :1990年からのCG & 2023年以降のAI

インド

Picture taken 1992

​あの時の未来の映像

情報番組キャッチアップ 「新しいデザイン手法」

Picture taken 1992

​東京工芸大学 紹介映像

Picture taken 1995

HPスキャナー映像

Picture taken 1994

Picture taken 1993

インド旅行から帰国し ARTとクリエイティブの未来について語る。インド旅行は1989年。

Picture taken 1995

東京工芸大学
00:00 / 05:28
sound

Sound taken 1993

YKK sound gararyShibayama+KatouKazuhiko
00:00 / 23:42

FMt東京 1993年12月4日 あの今は亡き加藤和彦氏に私がモノクローム シティーというテーマで選曲を選んた。

Produced in 1998

Produced in 1994

スクリーンショット

Produced in 1996

スクリーンショット

Produced in 1996

BrainVoice
1994年のダビデはCGを操る

Photo taken in1997

BRUTUS1993/10/22/14:47
BRUTUS1993/10/22/14:54
Shade作りかた
Shadeパッケージデザイン

Produced in 1994

Produced in 1992

Produced in 1992

Produced in 1998

柴山信廣

Produced in 1997

��ブルータスの脳波と記憶
スクリーンショット

Produced in 1999

スクリーンショット

Produced in 1999

スクリーンショット

Produced in 1999

スクリーンショット

Produced in 1999

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Produced in 1999

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Produced in 1999

24_edited

Produced in 1999

Photo taken in 1997

コンピュータで仕事をし始め3年経っ1993年の電通報を2023年のAI元年に読んで​。

00:00 / 01:38

​第三のビジュアル​より
 コンピュータがデザイン事務所や広告会社に入ってきて久しい。かつてデザイナーには二つのビジュアル(イラストと写真)しか持っていなかったわけだが、デザイナーがコンピュータというビジュアル制作手段を手に入れることによって、制作環境は大きく変化してきた。
これまでのスタジオでのビジュアル作りを例に取ってみると、カメラマンを選び、スタジオを選び、大道具を作り、モデルの絡ませ方を考え、といったプロセスの中で状況を的確に判断して決定をしていくところにADの力量が発揮されてきたのである。これがコンピュータによってビジュアルがすべて電子の色情報に変換される時代になると、制作上のほとんどすべてがコンピュータ上でバーチャル空間となってビジュアル処理されるものとなる。その場合、複数のコンピュータを選んで組み合わせ、その上で各種ソフトウェアを用いるため、順列組み合わせで出てくる無数の選択肢を判断する能力も要求され始めている。
現時点ではコンピュータがパーソナル化し、デザイナーの手に入ったのと同時に一人で何役もこなすことを要求されている。しかし、いずれは一度収束した各職能は専用機などを含めたコンピュータ上で再編成され、新しい職種に分化するだろう。これをまとめていく能力やコストパフォーマンスを判断する力もこれからはADには要求されるだろう。
(しばやま・のぶひろ=CGディレクター)

 

00:00 / 00:59

Produced in 2023

Produced in 1993

という1993年の文章を2023年3月に読んだ。30年前の大昔にクリエイターは新たな職能に生まれ変わるだろうと予想していた。まさにその様になった。AIが台頭してきた今、ついにブログでもChatGPTなどが代筆してくれるようになった。エクセル、3D、サイト、PHPのプログラムでもイラストでもAIが今は、やっている。便利になったというより怖さもある。1:課題発見→2:その課題に対しての答え→3:それを実行する。その2の課題に対しての答えをAIがやる。あとの2つは人がする。つまり人間はこれからは何を調べたいのかをハッキリさせることが重要になってくるだろう。それに対してAIは膨大な今までの全人類の歴代の情報を持っている。それを答えとして得るのがこれからの事になりそうだ。​あとは得た情報で人が行為に移す。1の課題発見はAIに対しての呪文、つまりプロンプトが大事である。 プロンプトエンジニアリングである。

デジタルイメージ1997年会場

TITLE: 新しいデザインの構造-第8回分1996年Step by Stepより-1

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DATE: 06/06/1995 10:48:25 AM -----
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ある場と出来事

 イベントプロデューサーから聞いていたことだが、これは数年程前(1992年頃)にISDNと衛星を使って、日本から海外出張している家族を、テレビ電話会議システムで出張先の外国の ご主人と、日本に残している家族、奥さん、子供たちと引き合わせてあげたそうだ。奥さんは前日まで家庭内電話でご主人と、今日あったことだとか、お子さんの学校の出来事、今日 の献立の話を前日まで電話で手短に普通に話していたのだが、当日会場に来て、大きなモニ ター上で移されたご主人の顔を見たとき、それまでいろいろしゃべろうとしていたのに、涙 で一言も喋れなかったということだ。

 僕はこの話に感動したものだ。何もTVのワイドショーにある、失踪した家族と10年ぶりのご対面という事ではなく、テクノロジーという恩恵と場に感動したのだ。引き裂かれた家族 は、会場とテクノロジーが作り出した場により、地球の裏側で確かに生きているという実感 を豊富な情報から汲み取ったのだ。人は電話で話し合っているだけで、随分と安心したりす るものだが、その人の顔を見ることは、人間にとってい本当にインパクトがあることなのだ と思った。

 僕のことで言えばこんな事があった。20年くらい前にフラリと2,3日オートバイでツーリングに出かけた時、対向か ら来るバイカーがピースサインを送り返してくれた時の、同士の意識感と共に長距離を高速 で走っていたバイクという機械への信頼感が沸きあがって来たあの感覚とどこか似ていた。 バイクとワインディングロードはテクノロジーによって保証された場なのだ。

 その場とは、 面で捉えると解りやすいかもしれないが、2箇所を分けながらも繋げているものだ。例えば 山とか海とか、ただそこに当事者がいてもいなくても、ある不条理、条理を抱えながらも超越した場のことだ。

 現在.では、インターネットというケーブルとサーバーの網の目を場という風に捉え られないかと思っているし、その場自体がコンテンツ表現の中での方法に取り入れることが 出来ないかとも思っている。

上の記事の1995年は、まだ国際電話会議等も高額な時代だった。2022年4月追記

今回の私の作品は脳をテーマにしています。いかに刺激を脳に与えるかということはいままでの私の中の興味の素材でした(例えばシンクロエナジャイザーやトッドラングレンのスクリーンセーバー、ホロフォニクスサウンドなど)が、刺激に対してどういうような脳の状態になるのかというようなことも興味の対象になってきました。つまり脳を中心とした入力と出力の関係と言ってもよいと思います。それを行なうためには客観的に見て第三者がわかるような方法論が必要だった訳ですが、コンピューターと脳波計という新しいテクノロジーがそれを可能にしてくれました。今回のビデオ作品は私の脳波の中の日記の一部を使用したものですが、アルファー波が出ると、あるサウンドが鳴り、ベーター波やデルター波が出ると、その時の脳波の強さに応じたサウンドが出るようになっています。これで第三者が客観的に私の気持ちを音楽のようなものでわかるようになれるわけです。この装置のことをわたしはブレイン・ボイスと名付けました。この装置を使用するときに私の脳はコンピューターに半分電磁波を通して移植した状態となります。私の様な人間がたくさん出てくればネットワークを通して、情報ではなく、感情を交信しあえる時代が来るでしょう。しかもこの時は脳そのものがインターフェイスとなっているので、キーボードやマウスを使わない時代となっていることでしょう。今回の作品はそうした時代へのメッセージなのです。  1994年記

1995年の柴山の3D

Produced in 1995

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